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[インタビュー] プライアス・アブナビ

December 7th, 2011 Published in インタビュー

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バンガロールという地名を聞いたことがあるだろうか?

インドの南部に位置し、「インドのシリコンバレー」と呼ばれ急成長を遂げている都市である。このバンガロール在住のアーティストでリサーチャーのプライアス・アブナビ(Prayas Abhinav)さんが10月に東京に滞在していた。彼のこれまでの作品を見ると、その手法や表現がバラバラで、まるで一人の作家が手がけているとは思えない。街中でのインスタレーション、GPSを組み込んだデバイス、ゲーム、詩、そして、展覧会のキュレーションも手掛けている。作品も多岐に渡るなら、リサーチ活動にも積極的で、昨今はヨーロッパのメディアアートフェスティバルに多数参加している。

彼のバックグランドから最近の活動、そして今後について聞いてみた。

都市空間を使ったCitySpinningというプロジェクトで発表された竹をつかったインスタレーション《Canopy》

初めに、アーティスト、リサーチャーになるまでの経歴を教えてください。

私は大学というアカデミックな環境で育ちました。そして父親は、社会運動やそういった活動の活性化に関わっていたため、私はインドの中では早い時期にテクノロジーに触れることが出来ました。近年のラップトップやインターネットに繋がっていく初期の段階の試用品を手に入れて、パソコンは1986年、インターネットは1992年に使い始めました。非常に早い時期から、兄弟でたくさんの道具で遊んでいました。

そして、私たちにとって、アートは表現媒体であり手段だったのですが、インドの実用主義的な観点から捉えると、アートはどこかで余剰のもの、生きるには関係がないものとされています。自分はこのとらえ方の相違に悩むようなことはありませんでしたが、そういった状況が、自らの選択肢を見出しながら、独自に生きていくことを決心させました。それから、執筆したエッセーで国際赤十字社から賞をもらい、ジャーナリストとともにコソボに行く機会を与えられました。この経験がきっかけとなり、その後一年間、旅に出ることにしました。

文章を書くことを身近に感じていたので、詩を扱った小冊子の発行を始めました。これは2年間しか続きませんでしたが、冊子制作と電子出版を通じて十分な技術を取得できたので、その後、ムンバイに行き、いくつかの広告企業で働き、技術とデザインを学びました。そして、クリエイティブコモンズに入り、映像を作ることになりました。

数年後、これまでの経験を繋ぎ合わせることができるように思い、現在所属しているSrishti School of Art, Design and Technology(スリシャティ)にあるCenter for Experimental Media Arts(CEMA)にやってきました。初めの2年はここで学び、そして創作していましたが、その後正式にここで働くようになりました。

Center for Experimental Media Arts (CEMA)はどのような場所ですか?

CEMAは、バイオアートに取り組むアーティストYashas Shettyの努力で2007年から始まりましたが、すでにスリシャティでは、実験的なプロジェクトが数年前から始まっていました。2004年には新しいメディアアートフェスティバルを開催、そして2005年にはアルスエレクトニカに参加しています。ですが、実験や研究に特化したスペースはありませんでした。そして、新しい方法で作品制作に取り組むことができる2年間の実践プログラムのためにCEMAが作られました。生態系を新しい方法で発展させてゆくことを考えていた私にとって、相応しい場所だと感じ、ここで働き始めました。

プライアス・アブナビさん(左)とアーティストのParag K Mittalさん(右)

このCenter for Experimental Media Arts (CEMA)の名称での「メディア」とは、どのような意味で使用されていますか?

この名称の中で、「メディア」はいくつかの意味をもっています。CEMAに参加する人で一般的なアートを学んできた人は多くありません。コミュニティーの文脈であれば、メディアは二つの意味を持つでしょう。人々が作りだすストーリーそのものと、そのストーリーを共有する方法です。スペース(空間)は、人が実際に活動し動いている状況では、不可知ですが、アプローチしてみることで見出すことが出来ます。すでに、スペース(空間)は、多様なジャンル(物理的コンピューティング、バイオアート、スペースアート、批評、ロボット工学、web開発)で機能してきました。そして今日、それを的確に表現することが難しくなっているのではないでしょうか。こういった状況は、「メディア」の定義にも当てはまるでしょう。

CEMAは、生態系のような機能をもち、芸術活動の実践場所であり、異なる事象の繋がりを創り出すことができます。ここでの制約のない、開かれた環境は、全ての人に対してとは言えませんが、一部の人には有効だと思います。そして、インドにおいて、エクスペリメンタル(実験的)でない、メディアアートセンターを考えることは困難でしょう。インドでは、メディアアートは確立された領域でも、地域の歴史や繋がりから生み出されたものでもないからです。Yashasが名付けたエクスペリメンタルメディアアーツセンターという名称 は、メディアアート自体が、なにを意味するかもオープンであるがゆえに相応しいと思います。

これまで発表した作品には、様々な手法が採用されています。パブリック-スペースでの発表、詩、展覧会場でのゲームの手法を用いたインタラクティブ作品等。これらの作品に共通するテーマはあるのでしょうか?

私にとって、アート、心理学、ゲーム、プログラミング、ソフトウェア、フィジカルコンピューティング、バイオアート、文学といった分野は、分断されているわけではなく、とりわけ一つの分野に夢中になってしまうこともありません。異なる領域の繋がりは非常に自然なことだと考えています。私の作品が、いろいろな領域に関係することは、同時にそれらはそもそも繋がりをもっているからではないでしょうか。

2Dのアーケードゲームを模した《Distortion field》。無数の迂回路が用意され、道路を走行するだけではゴール出来ない。

私は、精神分析学的に議論されたり、説明されたりする心理構造を提示することに興味があるのですが、それをゲームを使った表現をするとポップカルチャーの文脈で読まれたり、見出された結果が全て事実のように受け止められます。ですが、そもそもそれを論じたり、捉えきることは困難です。完結した状態であるというよりも、流動的な状況として捉えられるべきだと思います。作品がこのようにグレーな状況で存在しているのが好きです。問題は、知性の構造がどのように形成されているかということだと思います。

制限された状態を否定したくなります。そして単純化しすぎて疑問の余地がなくなってしまったような都市の建造物に関して素朴に疑問を持ちます。文化的に作られた“盲点”のような場所が物語っていることは、人と人との繋がりが作られていないということなのです。

作品に共通するのは、アートについて大きな疑問をなげかけていることです。アートはどうあるべきか?時間を超えて変化しうるその答えのための手掛かりを観察することが正解でしょう。

どれぞれ、異なるスタイルや表現を選んでいるのはなぜですか?

私は、よく自分の立場からすると不可能に思われることから始めて、それを創り出すための十分な情報を得るために格闘することがあります。この過程において、建築、テクノロジー、プロジェクトに必要な創作といった機能的な形態を踏まえて、その中で開かれた状況で創作しています。

インドの現代アートシーンで、あなたの作品はどのようにとらえられていると思いますか?

あまり考えたことはありません。インドの現代アートシーンは、多様性があるわけでも、調和がとれているわけでもなく、一般的な傾向として視覚的なインパクトや強いこだわりを感じる作品が多いです私は、(CEMAのメンバーもですが、)妙に思われることもありますが、好奇心の塊です。伝統的な芸術とデザインの中で、友人、同僚、生徒との小さなコミュニティーで創作を続けることが、自身の実践方法です。

装着者に新しい場所や道を発見させる《Bhatka Bhatka》

これまでにいくつかの国際的なフェスティバルで、プレゼンテーションをしたり作品を発表されていますが、観客からの反応はそのようなものがありましたか?

私は制作のための実践を続けている状況で、まだ作品も初期の段階です。ですので、私のプレゼンテーションは私自身と自分の興味を図解しているようなもので、それ以上のものではないのです。アートのコミュニティーの中では、議論を通じて興味深い人物や団体と繋がることがよくあります。頻繁に観客に私の作品を提示し、分類してもらうように試みます。しかしそれ以上に、今は探求し実験する期間だと感じています。

今年、トランスメディアーレコーデッド・カルチャーズに参加しましたね。どのような経緯で参加することになったのか教えていただけますか?また参加を通じてどのようなことを感じましたか?

トランスメディアーレの新しいディレクターKristoffer Gansingは、フェスティバル事務局に入る前年までスリシャティにアーティストとしてレジデンスしていました。ここに彼がいる間、私たちは何回かのアウトリソーシングのプロジェクトに参加する機会を得ることができました。コーデッド・カルチャーズでのレジデンスとプレゼンテーションは、トランスメディアーレのキュレーションで行われたアウトリソーシングのプロジェクトの一環でした。

一月のトランスメディアーレに参加したことがまだないので、コーデッド・カルチャーズのことを書きます。9月にコーデッド・カルチャーズに参加しました。コーデッド・カルチャーズはヨーロッパのメディアアートのコミュニティーとウィーンの地域の両方に結びついていました。ワークショップは大変楽しかったですね。

今回の日本滞在に関して教えてください。目的の実際の活動、そしてその感想を教えてください?

今回の2週間の滞在は、太田エマさんによるテクノロジーと社会、地域に関するプロジェクト「ディスロケイト」に参加するためでした。このプロジェクトを通じて、作品展示と2回のワークショップを行いました。そして、初めての来日でしたので、私はギャラリーや美術館、大学を訪れ、キュレーターや教授といった専門家に会い、自身の活動を紹介しました。そして、以前からアートプロジェクトのコミュニティーや、メディアアートに取り組む様々なハッカースペースやアートラボといった新しい環境を探してみたいと思っていたので、そういった場所もリサーチしました。

今回の来日で、私は、日本での議論や作品にこれまでほとんど接したことがなく、文化に対して多くが思い込みであったことに気がつきました。今回の旅で、視野が広がったと感じています。

来年また来日されると聞きました。どのような計画がありますか?

予定では、2012年の10月から11月にかけて、私の興味である都市化とメディアアートを組み合わせられるようなプロジェクトを日本でしたいと思っています。そして、実践的なラボとコラボレーションしたいと思っています。

フェスティバルを準備されているとお聞きしましたが、具体的なプランなどありますか?

バンガロールには急成長しているアートと科学が結びついたコミュニティーがあります。現時点では、世界中のメディアアートの実践、考察、歴史に接するきっかけを作りだせるような機会を創出したいと考えています。実践的なワークショップと回顧展をすることが非常に重要になるのではないかと考えています。

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メディアアートに関わるアーティストは、世界各国で開催されるフェスティバルへの参加から生まれるコミュニティーと密に繋がっている。プライアスさんの活動は、本人が強く意識することなく、そのコミュニティーの中心にふっと入り込んでいくような印象を受けた。その流れをインドのバンガロールに繋げて、新しい流れを作りだそうとしているように思える。プライアスさんの言葉を借りれば、バンガロールは、急激にIT産業やテクノロジーが成長したが、それがアートと断絶されているという。その状況に変化を生みだそうとしているのだ。まだまだ始動したばかりだという彼の様々な活動が、バンガロールに大きな流れを生み出すかもしれない。

 

プライアス・アブナビ / Prayas Abhinav

インド、バンガロール在住。アーティスト、リサーチャー。Srishti School of Art, Design and Technologyの教師。Center for Experimental Media Artsの研究員。ゲーム、生成、言語を用いた作品、テクノロジーと都市を活性化すること、再考することに興味があり、文化や社会的な目的として公共空間がどのように使われるか探察している。国際的なフェスティバルに積極的に参加。
http://prayas.in/

 

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