DEPARTURE



[works] 伊藤 有壱《HARBOR TALE》

December 13th, 2012 Published in こんな作品つくりました

3D映像が自宅でも見られることになった昨今、デジタル技術を駆使した映像の世界では、実現出来ないことはないように思われるほど、あらゆる世界が表現され、そしてまるで現実のように迫ってきます。一方で、アナログの手法だからこそ生み出される独特の魅力を映像には見出すことが出来ます。例えば、ねんどがシュルシュルと形を変えながら様々なキャラクターに変化していくクレイアニメーションには、世代を超えて見る人を引き込んでしまう面白さがあり、誰もが子供のころに見入ってしまった経験があるのではないでしょうか。

では、この相反するように見える2つの要素、デジタル技術とアナログ手法を組み合わせたら一体どんな作品が生み出されると思いますか。

今回、DEPARTUREでは、アニメーションディレクターとして活躍してきた伊藤有壱さんに短編劇場作品、『HARBOR TALE』についてお話を伺うことができました。この作品では新しい手法を考案し、導入したということです。さてその手法とは?

これまでのアニメーションに対して「ネオクラフトアニメーション」という新しい手法を考案した理由を教えてください。

 「ネオクラフトアニメーション」は、アイトゥーンのアニメーションスタイルの総称であり宣言です。私はアナログなアニメーション要素を核にデジタル最先端のテクニックをミックスするという方法で98年のスタート以来ずっと続けていますが、いくつかの作品がステップになっています。

一つには『ニャッキ!』ですね。これはシンプルなクレイアニメーションからちょっとずつ、さまざまなアナログ、そしてデジタル表現を多方向からミックスしている。もう一つは平井堅『キミはともだち』 (’04)ミュージックビデオ。当時のアイトゥーンの総力を結集した記念碑的な作品です。そこには素朴なクレイの少年と、非常に精度の高いフィギュア・パペットの竜を混在させてコマ撮りする方法を核に、更には造形の竜を撮影した画像からモデリングした3DCGレリーフにマッピングして、そこに銀の鱗がギラっと光るようなエフェクトを足す等、応用に応用を重ねた表現で世界観まるごとを生き生きと動かす試みに成功しました。それが更に『ノラビッツミニッツ』*(注1)で、劇場の広大な面積のスクリーン世界を創造する機会に恵まれました。

そして本作『HARBOR TALE』では、オリジナルシナリオで全くのインディペンデントで発信する、創作の原点に至りました。これが「ネオクラフトアニメーション」という表現を築いたアイトゥーンのスタイルになります。

©I.TOON Ltd.

レンガが初めて海を目の当たりにするシーン 映画『ハーバーテイル』より  ©I.TOON Ltd.

実はそれを追うように日本中世界中のアニメーション表現は何らかの形で技法をミックスする事を誰でもやる様になってきていて、逆にそれが当たり前になってしまっています。しかし、アイトゥーンの中ではちゃんと具体的な核を持っている訳です。その核がクレイでありパペットである。その手触りの感触が誰にでも想起出来るコマ撮り、そのコマ撮りしたキャラクターを中心にした世界を作る。つまりそこを尺度にした世界観の為のデジタルとアナログの完全なる融合ですね。この「完全な」という所にとてもこだわった訳です。つまりはそこまで融合した作品が無かったということなんですね。部分的にはTVCMやMVで見かける事はありましたが、独立した作品で完結しているものは世界の中でもなかったから、パペットの聖地チェコで大きな評価を頂いた事*(注2)は最高の喜びでした。これは僕らの考えが審査委員長からも「新しいものを見た」と、そういう評価を頂いたことでやってきたことが間違いなかったという確信に繋がった。それが「ネオクラフトアニメーション」によってストップモーションアニメの世界観を拡張しようと試みた、ある評価といえます。

*(注1)『ノラビッツミニッツ』  松竹 110周年記念 劇場発信型ショートアニメーション『NORABBITS’ MINUTES』(’06)
*(注2) ZLIN FILM FESTIVAL(チェコ)においてアニメーション部門最優秀賞・観客賞を受賞

 

この新しい手法と、今回のストーリーはどのような関係にありますか?ストーリーありきで手法が生まれたのでしょうか?それとも手法が完成してからストーリーやキャラクターが生まれたのでしょうか。

これは…ありのままに言うと、とても有機的な関係でした。どちらが先という事は無いわけです。そのテクニック、ネオクラフトアニメーションはアイトゥーンの集積してきた財産で、既にあった訳です。しかしそれに合わせて作ろうと考えた事は一度もなく、ストーリーというのは自然に発生するように生まれてきたんですね。これは物語の完結というよりは、原案としてのアイディアといった方が正しい。丁度アイトゥーンを横浜に移した2006年、引越しだけでも大仕事だったのですが1月に広島市現代美術館公式企画展をやり、その巡回展として同年7・8月と赤レンガ倉庫で展覧会をやって、その同時期に劇場版『ノラビッツミニッツ』の制作が進むという多忙きわまりない嵐のような日々だったのですが、それのキリが付いてぼんやり見えた、たまたま見えた景色が赤レンガ倉庫で、2棟の倉庫が遥か遠くでぼんやり会話をしているように見えたんです。

なにか建物が生き物のようにみえて、レンガの建物が生き物だとすると、レンガのかけらというものが細胞?そんな妄想が偽りの無い、ストーリーの発端です。手法との関係は、両方とも同時にパラレルに進んでいったという感覚です。

©I.TOON Ltd.

レンガが建物から抜けるシーン 映画『ハーバーテイル』より©I.TOON Ltd.

メイキングで印象的なエピソード(ハプニングや苦労した点など)があれば教えてください。

まあ全てのシーンが大変だった訳ですが、冒頭で油の固まりが集まって陸地になっていくようなシーンでは、出来上がった形が横浜を上下・左右共に逆に見たフォルムになっています。ここではプリミティブな粘土の固まりのコマ撮りに、デジタルワークで細胞核を重ねたり、衛星から見た陸地のような要素をフェードインさせたり、見ている人がスケール感を失うような工夫をしましたが、気が遠くなるほど手がかかりました。

今後のどのような作品の制作を予定されていますか。活動予定でもかまいません。教えてください。

『HARBOR TALE』はストーリーの迷走も合わせて18分の作品に5年間を費やしました。この密度で次々に、というのは難しい。もちろん作りたい気持ちは満々なんですけれど。ただ、やりながらその舞台にしてきた横浜という町に、本当に様々なエピソードやストーリーが潜んでいる事に気づきました。そういったものがどんどんアイディアとして浮かんできているのが今の状態です。なので、それらのストーリーを次々と形にしていく事の出来るフォトコミック、または『HARBOR TALE』の世界観をベースにした新シリーズを、軽いフットワークで発信していくことをやってみたいと考えています。

『HARBOR TALE』は上映だけでも完結するものですが、このコンセプトやテクニカルな表現について上映と同時に講演をする依頼が増えました。こちらもそうすることで改めてイメージ的な部分が明解になったり、テクニカルなスキルを公開する事で、より作品への理解が深まることが判ってとても興味深いところです。「上映プラス講演」というスタイル、需要があればどこにでも飛んでいきたいと思います。

最後にこれから『HARBOR TALE』を観る方に、見どころなどを交えてメッセージをお願いします。

まずは、たった一かけのレンガがゴリゴリと音を立てて建物から抜ける瞬間。このナンセンスなワンシーンから本当の物語が始まるんですね。あとは築後100年経った建物から抜け出したばかりの、ある意味0才のレンガの目線で一緒に港の街を楽しんで下さい。『HARBOR TALE』は、ぼくにとってショートアニメーションという最も慣れ親しんだスタイルを使った、初めてのアートワークとして取り組みました。それゆえに観客の満足というもの以外の作家自身の模索というものが随所に見られます。見た方ごとに感想も違ってくるかもしれませんが、何度目かに発見出来る事柄もあり、何度でも『HARBOR TALE』を見て頂ければ幸いです。

伊藤有壱 (Yuichi Ito)

アニメーションディレクター / 『HARBOR TALE』監督

1962年東京生まれ。1998年I.TOON設立、同代表。クレイを中心にあらゆる技法を駆使し、ジャンルを横断して幅広く活動するアニメーションディレクター。ミスタードーナツ「ポン・デ・ライオン」CM、平井堅「キミはともだち」MV、松竹110周年記念「ノラビッツ・ミニッツ」、アニメ撮影ソフト「CLAY TOWN」プロデュース、他多数に携わる。2011年には独立ネオクラフトアニメーション映画「HARBOR TALE」を制作、ZLIN FILM FESTIVALアニメーション部門最優秀賞、観客賞他受賞。代表作 NHK Eテレ プチプチ・アニメ「ニャッキ!」は今年18周年を迎えた。東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻教授。大阪芸術大学キャラクター造形学科客員教授。日本アニメーション協会常任理事。

 




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