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山口藍が「古事記」を独自の視点で作品化

November 19th, 2014 Published in こんな作品つくりました

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奈良県立美術館で10月18日から始まった「大古事記展」において、歴史的な展示が多くあるなかで、トーチカ、山口藍、エキソニモの3組の作家が「古事記」にインスピレーションを得た新作が展示されている。

江戸時代の遊女をモチーフとした絵画作品で知られる山口藍は、「古事記」を独自の視点で読み解き、想像上のストーリーを加えた上で2つのシーンを作品化した。2つとも、報われないがために異様な執念を抱えた女性と解釈できるシーンで、特に醜いとされる事柄や場面を美しいものと捉え直し表現することで、彼女たちの存在が救われるような描き方をしている。
作者自身が解説を書かれているので紹介したい。

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『ことど』山口藍

国作りの最中に亡くなり、黄泉国行ってしまった伊耶那美命を訪ねた伊耶那岐命が、その姿をひとめ見ようとのぞいてしまい、変わり果てた姿に慄き逃げ、命からがら黄泉国の出口にたどり着く。そこで伊耶那美命に憎しみをこめた一生の別れを告げ、生死を分ける黄泉国の扉が閉じられる。

別れた後に伊耶那岐命は一人で三貴神(天照大御神、月読命、建速須佐之男命を目鼻から生んでいるのだが、実は志半ばで倒れた伊耶那美命が国作りを諦められず、醜い姿を最愛の人に見られ恐れられながらも必死に追いかけ、最後の手段とばかりにその腐敗した体から湧いた体液を伊耶那岐命に投げつけたのだとしたら…。そこで体外受精のようなことが起こり三貴神が生まれた(同じく体液として目鼻から流れ出た)とすると伊耶那美命の執念は報われ、やはり一人ではなく二人でなされた神産みなのだと解釈できるのではないか。

死体が腐敗するとき、蛆が肉を分解し、体内に微生物が発生して体液が流れ出す。その際に皮膚に見られる、鮮やかな青紫や赤色のマーブリング、微生物のもつ規則的な形を文様にしたものを描き、伊耶那美命の体を表している。桃や藤は伊耶那美命の体液を吸い込んで成長し、伊耶那岐命を取り囲む。

島のように全体に広がる文様は伊耶那美命の体液で、伊耶那岐命の下に入り込んでいる。伊耶那岐命の目の微生物の文様は、本人は知らないが伊耶那美命の意図するままに一つになったことの片鱗である。

今回支持体として選んだ板材の“花梨(かりん)”は唐木で、紫檀や黒檀と同様に、神棚や仏壇などの神仏具に多く使われるので、神々を描くに相応しいのではないか。正倉院でも唐木で作られた道具が多数見つかり、今でも床柱に使用されるなど、日本人の暮らしに古くから寄り添ってきたことも素材選びの後押しとなった。古事記が編まれ、唐の影響を多く受けていた時代をこの花梨から感じられたらと思う。

(2014年/花梨材、アクリル絵具/945x2460x70mm)

 

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『ときわ』山口藍

天から降りてきた天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命は木花之佐久夜毘売に一目惚れし求婚するが、父である大山津見神は姉の石長比売も差し出す。しかし天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命は石長比売の醜さに畏れ送り返したため、大山津見神から子孫の命は岩のように堅実であり続けられないと告げられる。醜さのみを記され、姉妹で差をつけられた石長比売。しかもその後には全く触れられない不憫すぎる彼女が追い返された真の理由、静かに姿を消した幻の姿を想像した。

この話の前に、天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命の天孫降臨の際に天宇受売命が道中お供をすることとなり、彼女はあらゆる魚たちに天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命に仕えるか否かを問い、ナマコ以外は「仕える」と答えたが、答えなかったナマコは天宇受売命によってその口を裂かれてしまったため、今でもナマコの口は裂けているのだという話がある。なぜ天孫降臨の話の中で突拍子もなくナマコの話が入るのか、それはおそらく石長比売がこのナマコの生まれ変わりなのではないだろうか。口を裂かれたナマコは体を固くし天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命命を恨み続け、そのまま岩になった。その怨念が石長比売を生み、隙をついて反逆するつもりでいたはずが、自分を受け入れなかった天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命に対し、その意図を見破られたことで更なる侮辱と恨みが重なり、子孫の長命を阻んだ。

決して醜い容姿ではなく、むしろ花之佐久夜毘売をも凌ぐ美しさだったのかもしれないが、上手をいく天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命は惑わされず、子孫短命というリスクはあっても花之佐久夜毘売が象徴する繁栄の力を得、石長比売は退けられた。こうした解釈のもと、輝かしい天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命の影で報われなかったナマコと石長比売を思い、美しい面影として描き残せたらと思った。

古事記には石長比売について、「使石長比賣者 天神御子之命 雖雪零風吹 恆如石而 常堅不動坐…」とし、石長比売を娶れば、天の御子の命は雪が降ろうと風が吹こうと、岩のように常磐(ときわ)に堅く揺るがないものとなる、と記されている。その“常磐”を、「ときわ」と仮名で書いたものをベースにデフォルメしキャンバスの形にしている。切り立つ岩のようにエッジを立て入り組んだ側面を作り、重々しく鎮座する岩石をイメージした。私の描いた石長比売はナマコの化身であるため、右手で割かれたその口を隠している。身体には、ナマコの表皮のように突起したものが広がる。

(2014年/毛布、綿布、パネル、アクリル絵具/970x730x115mm)

 

山口藍

スクリーンショット 2014-10-19 20.34.39「とうげのお茶や」で遊女として暮らす少女たちを、独特の支持体を用い、繊細かつしなやかな描線で表現。和歌のように、少女に幾つもの意味やイメージを重ね合わせて描かれた作品世界は、奥行きのある情景や余震を感じさせる。江戸時代の文化や風俗を下敷きに、琳派など様々な日本の美を継承しつつ、新たな“美人画”を創造している。国内に留まらず、活動の場を海外に広げ多くの注目を集めている。1977年東京都生まれ。