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[フェス] ホテルマネージメントからの出発

October 21st, 2011 Published in 世界のフェスティバル  |  1 Comment

世界中で新しい文化のフェスティバルが生まれ成長しています。「世界のフェス・ディレクター」では、そんなフェスティバルで活躍するディレクターに注目し、ご自身の活動やフェスティバルの意義、今年のテーマなどを語っていただきます。第3回目はオランダのTodaysArt Festivalのディレクターであり、今年5月にオランダ・メディアアート・インスティチュート(NIMK : Nederlands Instituut voor Mediakunst)のディレクターに就任したオロフ・ファン・ウィンデン(Olof van Winden)氏に、フェスティバルの内容やオランダのメディアアートを取り巻く状況についてお話をうかがいました。

オロフ・ファン・ウィンデン氏

世界を渡り歩いてたどり着いたフェスティバル・ディレクター

僕は1976年にケニアのムクムで生まれて、1年後に西アフリカのトーゴに移りました。そしてコートジボワールの象牙海岸へ移った時に妹が生まれ、その後さらにブルキナファソへ移りました。なので僕は西アフリカで育ったんです。これらの国々はフランス語圏で、母もフランス人ですから、フランス語と英語で教育を受けました。父はオランダ人です。

15歳でオランダに戻ってインターナショナル・スクールに入り、そこでオランダ語を勉強しなければなりませんでした。しかしこの国には住みたくないと感じて、常にどこか他の場所を探し求めていました。母国だと感じることができなかったんですね。そのことが後の進路を選択するにあたって重要なきっかけになりました。

そういう訳で、高校を卒業した後、ホテル・マネージメントやホテル経営を学ぶことに決めました。なぜならホテル業界は国際的な産業ですし、海外で働くことができる可能性が大きいからです。だからデン・ハーグにあるホテル・スクールに入り、そこでホテル経営と国際マーケティングの修士号を取得しました。

デン・ハーグでホテル経営を学んでから、4年間タイのホテルチェーンでホテル経営のトレーニングを積みました。トレーニングを修了してヒルトンに応募したところ、ビバリーヒルズにあるヒルトンの本部に採用されたんです。そしてロイヤルティ・プログラム部門でヒルトン・オーナーズ・カードの担当として働くことになりました。最初にこのブログラムをリサーチしてわかったのは、このカードが国内のアメリカ人のみを対象としているということでした。それではインターナショナルなマーケティングとは言えません。それぞれの国のアイデンティティに適したマーケティングがあってしかるべきですし、世界的な視野でものごとを考えながらも、地域ごとのあり方を重視すべきだと思っていました。そんな考えを本部長に伝えたところ、世界中のクレジットカード会社、電話会社、ホテル、航空会社などと商談を取り交わしてくるようにという命令が下りたため、香港、ロンドン、パリ、エジプト、東京、サンパウロなどを訪れて沢山の人と仕事をしました。後になって気づいたんですが、1年間のうち200日を機内とホテルで過ごしたんです。とてもやりがいのある仕事だったのですが、さすがにもう十分だと感じるとともに自分の居場所はここではないと思い、一年後に仕事を辞めました。

そして今ではフェスティバル・ディレクターをしています。でも、こうしたバックグラウンドを通過してきて興味深く感じるのは、メディアアート関連の施設のあらゆる予算がカットされるという現状の中で、多くのマネージメントスキルが必要になっていることです。アートに関わる人々と出会う中で感じたことですが、多くの文化施設にとって深刻な問題は、彼らがビジネス面をあまり重視せずにいることでしょう。僕はアートにはビジネス面も重要だと思っています。というのも、アートは収入を生み出し、観光を促進し、都市に経済効果をもたらすとともに良いイメージを与え、新たなオーディエンスを獲得できるからです。こうした意味で、文化は社会的なプロダクトだと言えるでしょう。

初めてのフェスティバル立上げからTodaysArt Festivalへ

僕がホテル経営を学んだデン・ハーグという街は、あまり社会的にいいイメージがなかったんです。オランダ王女が住んでいますが、大学もなく国際司法裁判所があるだけで、堅苦しくて文化的にはとても貧弱でした。そこで僕は「デン・ハーグで何か始めよう」と思い立ったんです。その頃、僕は電子音楽とモダンダンスに興味があったので、TodaysArt Festivalの前身となる最初のフェスティバルThe Sound/Vision FestivalをMalieveld(デン・ハーグ市内のコンサートホール)で開きました。2002年のことです。それまで自分が稼いできた全てのお金をこのフェスティバルに注ぎ込みました。未経験だったこともあって数えきれないほどの失敗もして、フェスティバルが終わった後には沢山の問題も残りました。全ての請求に応じきれず、2〜3万ユーロを支払いきれなかったこともありました。それでもビジネスマンなので何とか解決しましたけどね。

当時、デン・ハーグでは世界的に有名なジャズ・フェスティバル「ノース・シー・ジャズ・フェスティバル」が2005年まで毎年開催されていましたが、ちょうど開催地がロッテルダムに移ることになっていたんです。市には潤沢な予算があったようで、何か新しいプランを探していました。しかも未来に開かれた、インターナショナルなプラットフォームになるような、観光促進も兼ねたプランをです。ジャズ・フェスティバル、コンテンポラリー・アート、メディアアートなどに非常に興味があったので、TodaysArt Festivalのプランを作って活動を開始しました。それが今から7年前のことです。

TodaysArt Festivalは街の中心地で開催され、劇場や美術館など既存の文化施設を会場として活用し、プログラムを実施するにあたってはそれらの会場をまたぐパブリックスペースや建物のファサードなども用いて展開されます。インターナショナルなバックグラウンドと自分なりの野望もあって、transmedialeなど世界中にある他のフェスティバルとの連携を始めました。パートナーとなるフェスティバルの作品を招聘し、またこちらの作品を相手に招聘してもらうという連携です。こうして始めたフェスティバルも徐々に規模が拡大し、今年で7回目を迎え、来場者も2万人を超え、海外からの来場者も全体の20%に達するようになりました。

国際的なネットワークも拡大し、ICAS (International Cities of Advanced Sound) と呼ばれるネットワークに成長しました。これはインディペンデントなフェスティバルのネットワークで、このネットワークのメンバーになっているフェスティバルは、知識やコンテンツ、マーケティングとオーディエンス、さらには予算を共有しています。もしあなたがオランダ人アーティストを日本に招きたければ、僕がここオランダでモンドリアン財団や大使館などに申請して、予算を確保して招聘を手助けします。その逆も然りで、そうしてお互いに助け合うことができるのです。

どこのフェスティバルも資金に困っているところが多いので、いくつかのフェスティバルが共同で大きな規模のコミッション・ワークへの資金を負担する代わりに、その作品のツアーをすることができます。こうしてこのネットワークは大きくなりました。現在、このネットワークには20カ国27都市のフェスティバルが加わっています。

海外への発信と連携

最初は僕自身の興味からプログラムを組み始めただけでしたが、これまでアートについて本当にたくさんのことを学んできました。おかげで今ではフェスティバル・ディレクター、キュレーターとして、他のフェスティバルとのグローバルなネットワークを構築しつつ、お互いに助け合いながら活動しています。しかし最近、ここオランダでも経済状況の悪化を目の当たりにしています。3年前には一つのフェスティバルに150万ドル(約1億3000万円)を費やすことができたのが、今では60万ドル(約4,500万円)程度になっています。すでに衰退した状況の中で、何か別の方策を考える必要に迫られながら、TodaysArt Festivalは7回目を迎えました。そこで、これまでの活動をもう一度見直して一年前からプランを練りはじめたんです。最初は小さな範囲ですが、ヨーロッパ全体を視野に入れて、今回初めてTodaysArt Festivalをブリュッセルで開催しました。ちょうどデン・ハーグで開催したTodaysArt Festivalの一週間後です。

そして僕が目指す次のステップは日本です。また、カイロ、イスタンブール、サンパウロでの開催にも興味を持っています。TodaysArt Festivalを開催する都市は、ニューヨークでもパリでもロンドンでもありません。すでにエスタブリッシュされた都市ではなく、新たな文化が創発されるエリアで展開したいのです。例えば日本でいえば神戸はとても興味深い都市です。というのも、僕は阪神大震災の後すぐに神戸を訪れましたが、神戸は新たな経済発展を、文化的な活動によって活性化できるような可能性を感じました。実は日本で展開するための調査予算がモンドリアン財団から下りたので、これから調査を進めて来年には日本で開催する予定です。

逮捕されたことで話題を呼んだTodaysArt Festival 2009

今から2年前の2009年には、すでにアートのためのファンド・レイジングが厳しい状況に陥っていました。新型インフルエンザの流行、リーマン・ショックによる金融危機、イラン大統領選挙による政治的波紋など様々な問題が起こっていて、まさに世界は紛争や対立(conflict)の状態にあると感じていました。

一方、デン・ハーグという都市に目を向けてみると、そこには国際司法裁判所があり、世界中の紛争や対立の解決が行なわれていました。そして、この都市の謳い文句として「平和と正義の国際都市デン・ハーグ(The Hague, International City of Peace and Justice)」というスローガンが掲げられていたんです。そこで僕はこのスローガンをひねって「紛争・対立の国際都市デン・ハーグ(The Hague, International City of Conflict)」というテーマをその年のTodaysArt Festivalのテーマにしました。キャッチコピーには「紛争・対立は気づきの始まり(Conflict is the beginning of consciousness)」という一文を使いました。何かが対立・衝突することによって、その事自体に対する自覚や意識化がもたらされます。そこから解決へと向かおうとするのです。規模の大小など関係ありません。例えば、夫婦が喧嘩しあった末に話し合いで解決したり、国と国による戦争の後に、もう戦争はいらない・してはいけないと意識し、よりよい新たな方向へ向かおうとするように。

そこで、TodaysArt Festival 2009では強烈な告知戦略を打ったんです。というのも、アフリカや中東の紛争に関する画像や映像はどこでも手に入りますが、僕らの周りにはまったくそういったものがなかったので、デン・ハーグが爆撃を受けているイメージを作り上げたんです。それが理由で僕は逮捕され、刑務所に入れられました。逮捕された時には、とても大きな反響がありました。僕は文化省と司法省に手紙を書いて、自分が行なった活動は、世界がどのような状態にあるかということをアートの視点から呈示しただけだと説明したんです。すると政府も理解してくれて、危険人物ではないとみなされて釈放されました。彼らは僕のことをテロリストだと勘違いしたんです。というのも、僕が作ったイメージの出所が分からなかったらしいのです。この逮捕のおかげで、僕の活動が多くの人に知れ渡るようになり、僕のキャリアの中でも重要なターニング・ポイントになりました。そしてここで行なった告知展開が、翌年のDutch Design Awardsのファイナリストまで残りました。またこの年は、日本から真鍋大度さんに参加してもらい《Face Visualizer》のパフォーマンスをしてもらいました。

未知なる未来への跳躍 TodaysArt Festival 2011

2005年から始まったTodaysArt Festival。2009年のテーマは「Conflict」、昨年は「LOVE THE REAL CITY」というように、毎年テーマを設定して開催しています。今回のテーマは「LEAP INTO THE VOID(虚空への跳躍)」です。それはまさしく未知なる未来への跳躍でもあります。オランダの芸術文化が置かれた厳しい現状を反映したテーマだといえるでしょう。

TodaysArt Festival 2011 – LEAP INTO THE VOID –
開催期間:2011年9月23日、24日
開催場所:Spuiplein広場、Theater aan het spui(コンサートホール)、Paard van Troje(ライブ・パフォーマンススペース)、Korzo(ライブ・パフォーマンススペース)、ZAAL5(Filmhuis Den Haag内のプロジェクトスペース)など、デン・ハーグ市内各所
公式HP:http://todaysart.nl/

TodaysArt Festival 2011オープニングの様子(オロフ氏とV2_ディレクターのアレックス氏によるオープニングスピーチ。シトロエンDSが変形するChico MacMurtrieのロボティック・スカルプチャー《Totemobile》がオープニングを盛り上げた。

今年のフェスティバルのハイライトを飾った梅田宏明によるパフォーマンス《Holistic Strata》

Lucas Abela《Vinyl Rally》 小型カメラを搭載したラジコンのバギーが、1万枚以上のレコードを集めて作られたサーキット上を走る。プレイヤーはコクピットに座って、モニターに映しだされる小型カメラからの映像を見ながらバギーを操縦する。

TodaysArtについて[インタビュー時のオロフ氏のプレゼンテーション資料に基づく]

TodaysArtとは

  • 既存の枠にはまりきらないようなパフォーミング・アーツ、ビジュアル・アーツ、デザイン、建築のためのフェスティバル・コンセプトである
  • クリエイティビティとイノベーションに関するグローバルなネットワークである
  • アーティストに作品の制作機会を提供するプラットフォームである

コンセプト

  • 美術館、コンサートホール、劇場、公共の建築物など地域のインフラを利用
  • Club TodaysArt(ミュージックプログラム)
  • 拡張された建築(屋外の建築的なプログラム)
  • 周辺との連携(パートナープログラム、ギャラリー、オルタナティブスペース)
  • シンポジウム/ワークショップ
  • TodaysArt Session(イベント)

メソッド

  • 地域のインフラを利用する
  • 地域の制作品やマーケティングを活用する
  • インターナショナルなプログラム
  • 継続的に制作機会の提供を可能にするカタログを作成

ビジネスモデル

  • 地域のパートナーとの連携
  • フランチャイズ・モデルの形成
  • ブランディングとマーケティングに対する報酬
  • マネージメントとプログラム作成に対する報酬
  • 地域からの財政支援
  • 国際的な財政支援

ネットワーク

開催(予定)都市

  • デン・ハーグ
  • ブリュッセル
  • 神戸
  • サン・パウロ
  • ブエノスアイレス
  • イスタンブール

TodaysArt Session 近日開催のライブパフォーマンスイベント

TodaysArtは、年に1回開催されるフェスティバルの他に、連携しているフェスティバルや様々な会場で年間を通じてTodaysArt Sessionと題したイベントを開催しています。10月28日には、今年5回目となるTodaysArt SessionがKorzoで開かれます。今回は「NORDIC SOUNDS」というタイトルの元、ノルウェー、フィンランド、アイスランドで活動するエレクトリック・ミュージックのアーティストが夜通しライブを繰り広げます。

Svarte Greiner

TodaysArt Session#5 – NORDIC SOUNDS –
開催期間:2011年10月28日
開催場所:Korzo(ライブパフォーマンススペース、デン・ハーグ)
公式HP:http://todaysart.nl/portal/projects.php?id=210

次回は、TodaysArtを立ち上げたオロフ氏がオランダ・メディアアート・インスティチュート(NIMK)のディレクターとなった経緯や、今後どのような活動展開を予定しているかなどについてご紹介します。

次回のvol.2「逆境からのメディアアート機関の挑戦」はこちらからご覧いただけます。

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