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[フェス] メディアアートキュレーターへの道

September 6th, 2011 Published in 世界のフェスティバル  |  1 Comment

世界中で新しい文化のフェスティバルが生まれ成長しています。「世界のフェス・ディレクター」では、そんなフェスティバルで活躍するディレクターに注目し、ご自身の活動やフェスティバルの意義、今年のテーマなどを語っていただきます。第2回目はトランスメディアーレ(transmediale)やISEAなどのメディアアートフェスティバルにたずさわるほか、メディアアートや日本のアニメを題材にした展覧会を手がけているステファン・リーケルス(Stefan Riekeles)氏にお話をうかがいました。

Stefan Riekeles

キュレーターやディレクターとして活動するまでの経歴について教えてください。

僕は1976年にドイツ北西部の都市シュトゥットガルトに近いロイトリンゲンという街で生まれ育ちました。そしてシュトゥットガルトで3年間、メディア・テクノロジー・エンジニアリングを学びました。特にビデオやサウンドのテクノロジーやプログラミングを学びました。これらのテクノロジーがどうやって正確に機能するのかにとても興味がありました。例えば、「ビデオカメラがどのように機能するのか?」「プロフェッショナル向けと一般消費者向けの違いは何なのか?」「ステレオサウンドはいいと思うが、もっと多くのスピーカーを使った時に何が起こるのだろう?」「コンピュータと呼ばれる魔法のデバイスに、自分が求めるものをより正確に伝えることができる方法があるのか?」というような疑問です。

トランスメディアーレとの出会いとインターンシップ時代

2000年に、ベルリンで開催されているトランスメディアーレ(transmediale)というメディアアートフェスティバルを初めて訪れました。そこで展示されている作品や、アートとテクノロジーに関する議論にとても強い印象を受けました。このフェスティバルを訪れたことによって、エンジニアとしてではない全く新しい視座を持つようになったのです。

2002年にエンジニアリングの研究を終えた後、トランスメディアーレでのインターンシップを申請して、ディクターであったアンドレアス・ブルックマンとともにこのフェスティバルのための活動を始めました。そして翌年には、2年の契約でトランスメディアーレで働くことになりました。その時の僕の役割は、毎年行われるアワードのための審査をまとめることでした。受賞作品を選定する審査委員のために、同僚と一緒に事前選定を行うなど、数えきれない作業を行いました。そこで僕は、いかに作品のクオリティを判断するか、いかに迅速かつ正確に議論や批評を系統立てて述べるべきかについて、たくさんのことを学びました。今思うと、この経験がキュレーターになるためのトレーニングには重要なステップでした。

また、フェスティバルで行われる様々なイベントをコーディネートすることも僕の仕事でした。最初は、ワークショップや、アーティストがプレゼンテーションするための小さなステージをとりまとめていました。アーティスト、聴衆、スケジュール、機材、予算など、規模がどんなに小さかろうが、全てのことに全力を尽くしました。その後、メインの展覧会とコンサートプログラムを手伝うようになり、アンドレアスの助力もあって、アーティストやフェスティバルプログラムを提案する機会を与えられました。僕はとても幸運に恵まれていたと思います。

日本のアニメーション研究と、初めての日本訪問

トランスメディアーレで働いた最初の数年間で、アートとデジタルテクノロジーに対する僕の考えはとても大きく変わりました。しかしメディアアートシーンで議論されることを理解するためには、よりよいコンセプトやさらに深い知識が必要だと気づき、僕は再び大学に戻りました。ベルリンのフンボルト大学で美学理論に焦点をあてながらカルチュラル・ヒストリーの研究を行いました。指導教授はThomas Macho(文化史)、Hartmut Böhme(文化理論)、Friedrich Kittler(メディア理論)の三氏です。そして、日本のアニメーションの美学について論文を執筆して研究を修了しました。

研究している間もトランスメディアーレと緊密に関わりながら働いていました。2005年に四方幸子氏とゲーテインスティチュート(東京)とともに、国際プロジェクトに参加する機会を得ました。四方さんからトランスメディアーレに対し、彼女が携わっている「Moblab」に参加しないかという依頼があり、僕がその担当になりました。そして、これがきっかけで初めて日本を訪れたのですが、それが実にエキサイティングな経験だったのです。5人の同僚とともにバスで本州を縦断しました。大垣にあるIAMAS(情報科学芸術大学院大学)からスタートして、横浜、東京、仙台、そして最後に山口に行きました。この3週間のプロジェクト期間に、多くの刺激的な人たちと知り合うことができました。ベルリンに戻った後、またすぐ日本に戻ってこなければ、と感じたんです。

最初に手がけた展覧会 

僕が最初に手がけた展覧会は、2004年にロッテルダムのTENT.Witte de Withが共同開催した様々な展覧会からなる複合プロジェクト『TRACER』においてアンドレアスと共同キュレーションした『Neuralgic』展です。これはいわゆる現代の神経痛を扱った展覧会です。

Image photo by Stefan Riekeles

そして、このテキストが展覧会ステートメントです。ここに書かれていることは、今日の状況を考えても非常に差し迫った問題です。

「われわれの時代は、変化という差し迫った切迫感に悩まされている。しかし、そのためのガイドラインがなく、ユートピア的ビジョンもほとんど持ち合わせていない。私たちはグローバル化した世界の痛みや不信感や無力感を経験し、その「非持続性」も十分に承知している。この展覧会『Neuralgic』は、変化の必要性に対していかに反応すべきかについて疑問を投げかけます。 中心的なメタファーや例示に石油と技術的「神経系」を用いつつ、現代社会に不可欠なインフラストラクチャを考究し、いかにこのインフラストラクチャがわれわれの生き方に影響を与え、いかにわれわれは自分たちの経験を表現や行為という形態に変換することができるかを追究しています。」

アートに関わる非営利組織 「Les Jardins des Pilotes」の立ち上げ

2008年には、アンドレアスと共に「Les Jardins des Pilotes」をベルリンで立ち上げました。Les Jardins des Pilotesは、インスタレーション、パフォーマンス、個展やグループ展、あるいは出版物などを問わず、優れたアート作品の展示や制作に携わる組織です。 「Les Jardins des Pilotes」は文字通り「パイロットたちの庭」を意味します。この「庭」を、夢中になれる社会的なアート作品だととらえています。これは、僕ら自身がプロジェクトをプロデュースしていきたい方法をあらわしているのです。

フランス語のpiloteには2つの意味があります。1つは船や飛行機を操縦するパイロット。もう1つはパイロットに行き先を指し示すガイドやナビゲーター(空港や港の管制官)という意味です。パイロットは自分自身が旅すると同時に、旅人をガイドする存在です。私たちは彼らの物語を聞き、世界中の情景を共有したいのです。こうした意味で、パイロットに出会うことは素晴らしい経験でしょう。

私たちが思い描く庭は、訪れる人が特定の経験をしたり、共有するために入ることのできる区切られた空間です。こうした空間は、内と外というように、物理的な空間でも有効なものです。しかしそれはまたイベントとしても起こりうるものです。ある経験的な持続性や強度を共有する浸透性のあるエリアでもあるのです。 我々は、観衆について、またこうした空間を通過する「パイロット」であるアーティストについて、それら双方のことを考えて活動します。僕らの活動を理解してもらうのに最適なイメージは、空飛ぶ絨毯です。エデンの園の古い象徴であるペルシャ絨毯であり、そこで休息し、瞑想するための移動可能な場所としてのオアシスやアイランドを象徴するものです。この空飛ぶ絨毯は、早く安全に旅することを望んだノマドによって想起された夢であり、同時に休息の場なのです。

トランスメディアーレでの活動

トランスメディアーレは、アートとデジタルカルチャーに関するドイツ最大のフェスティバルです。このフェスティバルは、新しいテクノロジーがもたらす現代の社会的、文化的、政治的、経済的影響を反映したアートの位置づけを提示しています。コンテンポラリーアートおよびデジタルメディアの創造的使用についての最も重要な国際フォーラムの1つとして、展覧会、シンポジウム、ライブパフォーマンス、ワークショップ、アーティストトークなどをベルリン中で開催します。科学やテクノロジーの発展に寄与するだけでなく、いかに経験し(日常生活のどこにでもある)既存のメディアを利用するかについて深い考察を行っているような作品に焦点を充てたコンセプトを提示しています。それゆえ、トランスメディアーレが範疇とする領域において、メディアテクノロジーは、グローバル社会を理解し、批評し、デザインするために議論や評価が必要とされる文化的テクノロジーなのです。トランスメディアーレに関わった2003年から2009年までのテーマと、私自身の担当は次の通りです。

  • 2009年 テーマ:Deep North 担当:パフォーマンスプログラム・キュレーター
  • 2008年 テーマ:Conspire 担当:展覧会共同キュレーター 、作品《filmachine》をLes Jardins des Pilotesがプロデュース
  • 2005年 テーマ:BASICS Basement 担当:展覧会共同キュレーター
  • 2004年 テーマ:FLY UTOPIA! 担当:Workspace、展覧会共同キュレーター(Susanne Jaschkoと)
  • 2003年 テーマ:Play Global 担当:Workspace (会場はいずれもHouse of World Cultures)

トランスメディアーレでは、数多くの作品のキュレーションを手がけましたが、特に印象深い作品を2つ紹介します。

グスタフ・メスメル《Flying Bicyle》1970年頃

2004年のトランスメディアーレでは、グスタフ・メスメル《Flying Bicyle》を展示しました。「ラウター谷のイカロス」と呼ばれたグスタフ・メスメルは、低い山々が延々と連なる南ドイツ、バーデン=ビュルテンベルク州のアルツハウゼンで1903年に生まれ、独創的なさまざまな活動をしていましたが、周囲の人々は、彼のビジョンを理解することができなかったため、彼は人生の大半を病院で過ごしています。1964年から、彼はクラフトマンとして活動をはじめ、残りの人生を趣味に費やし、1970年頃には空飛ぶ自転車を制作しています。人力を唯一の動力とするこの乗り物は、村から村へ移動するための小型飛行機となるはずでしたが、一度だけほんの少し地面から離れただけで、決して飛び立つことはありませんでした。グスタフ・メスメルを空想的なクラフトマンであると同時に、独創的なエンジニアとして紹介する試みでした。

渋谷慶一郎(サウンドアーティスト/作曲家)、池上高志(複雑系科学研究者) 《Filmachine》2008年、サウンドインスタレーション

日本人アーティストによる作品もたびたび取り上げてきました。渋谷慶一郎さんと池上高志さんによる《Filmachine》は、音と光の渦が鑑賞者を包み込み、従来の映画的な視聴覚体験を凌駕する作品です。3層の円環状に8個づつ配置された24個のラウドスピーカーが、抽象的なステージの天井に吊るされています。この空間に足を踏み入れ、鑑賞者が中心にあるボタンを押すとサウンドが再生され、dbデータによって点滅するLED照明システムとともに、三次元の立体的な視聴覚体験を誘発します。 この作品は、2006年にYCAM(山口情報芸術センター)で公開され、トランスメディアーレで初の海外展示を行いました。

作家はカオスと複雑系理論に関する近年の科学議論との対話に、現代のサウンド理論を導入し、従来の楽曲とミュージックパフォーマンスの乖離を求めています。知覚・構造的に、作家はノンリニアな科学と空間的な音響性の融合を介した人工的なプロセスによって、サウンドのイベントを創造しようとしています。新しいテクノロジーの可能性に対する好奇心によって開発が進められたという点において、大きな意味でのデジタルアートを代表する作品と言えるでしょう。

ISEAのディレクターとして目指したもの

三上晴子《欲望のコード》2010, photo by Mark Ansorg

ISEA(The International Symposium on Electronic Art:電子芸術に関する国際シンポジウム)は、デジタルおよびエレクトロニックアートに関する最も重要なフェスティバルの1つです。正式名称はシンポジウムとなっていますが、作品展示やイベント等も充実しています。 ISEAは開催都市を毎年変えて行われますが2010年には欧州文化首都に選ばれていたドイツのルール地方で8月20日から29日まで開催されました。

僕はトランスメディアーレなどの活動経験などが評価されて「ISEA2010 RUHR」のプログラムディレクターに抜擢されました。ISEA はメディアアート領域にたずさわる研究者やアーティスト達が巨大なネットワークを形成するためのイベントです。欧州文化首都という枠組みの中で開催されたこともあり、従来よりも一般の観衆のために様々なプログラムを提供したいと思い、広範な枠組みでのキュレーションに取り組みました。

ISEAに組み込んだ企画展「TRUST」について

シンポジウムや通常の展示に加えて、僕たちは「TRUST」と題した企画展やコンサート、パフォーマンスをプログラムに組み入れました。この展覧会のコンセプトは次のようなものですが、日本からは三上晴子《欲望のコード》などを展示しました。

Trust(信頼・信用)はあらゆる人間関係の中心的な要因であり、コミュニケーションの基礎になっています。私たちは規範やコードや因習の有効性を信じています。そして他人を信用しています。メディアやテクノロジーシステムにおいても同様のことが言えますし、私たちは自分たちが抱く望みをこれらに託しています。

確かに、こうしたことについて疑念を抱く人もいるかもしれません。しかし美しい物語を伝え、真実を語り、より良く健康な人生を送ることをそれらに委ねる時、私たちはこのような装置やシステムが有するイメージを信用したい気持ちに駆られるのです。

このグループ展「TRUST」は、そうした状況を問いかけ、観衆による確信の正当性を挑発し、さらにはマシンやメディアと向き合った対話を促すことによって、この「信頼・信用」の美的価値を探求しようとするものです。展示されている作品は、この信頼する姿勢によって引き起こされる倫理的・感情的ジレンマのみならず欲望をも提示しています。

カールステン・ニコライ《rota》2009、photo by Mark Ansorg

ISEAとtransmedialeの違い

ISEA は毎年異なる場所で開催されているということもあり、毎回異なるキュレーターが手がけています。テーマ的な継続性がほとんどないのですが、提示する形式や内容に関しては自由度も高く、キュレーターははかなり実験的なことに取り組むことができます。それに対してトランスメディアーレは、自分たちの語るべき言説やテーマ的なコンテクストを発展させてゆく継続的なフェスティバルで、たいていは数年単位で同じチームによってキュレーションされています。これが一番大きな違いでしょう。

ISEA2010 RUHR
日程:2010年8月20日〜29日
来場者数:15,500人
公式HP:http://www.isea2010ruhr.org/

※次回はステファン・リーケルス氏がキュレーションした日本のアニメを題材にした展覧会「Proto Anime Cut」を中心に紹介します。ベルリンから始まりヨーロッパを巡回中の話題の展覧会について詳しくお話ししていただく予定ですので皆さんお楽しみに。

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