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[Works] ジョー・デイヴィスの壮大なプロジェクト

November 2nd, 2011 Published in こんな作品つくりました  |  1 Comment

このコラムでは、これまで1回ごとに1作品を紹介してきましたが、今回は前回に引き続き、特別編として、ジョー・デイヴィスさんのこれまでのプロジェクトをまとめてご紹介します。

前編では、30年ぶりに再会を果たした坂根厳夫さんとジョーさんの話を中心に紹介しました。この二人の再会のきっかけを作ったのは、今回の来日に尽力した福原志保さんとゲオルグ・トレメルさんです。BCLというユニットで、自身もバイオアーティストとして国内外で活躍している二人は、長らくジョーさんの来日を実現させたいと活動し、やっと今回来日が実現したということでした。同席していた福原さんに、ジョーさんとの出会いを尋ねました。

福原さんがファインアートの勉強のため、ロンドンに留学をしていた2000年、アルスエレクトロニカを訪れてジョーさんと出会ったそうです。その海賊のような強烈な出で立ちに驚いた志保さんが、ジョーさんに話しかけます。その際、展示された作品の話を聞いたことが、バイオアートに関心をもつきっかけとなり、現在の活動に繋がっているということでした。

アルスエレクトニロカでは、遺伝子組換えによる作品がブルックナーハウスで展示されていたそうです。資料によれば、これらの作品は展示する数年前には完成していました。解読できる遺伝子infogeneを生み出し、それを束ねて人工的な遺伝子Microvenusを、大腸菌を用いることによって提示したのが1990年。90年代中頃には、あらゆるメッセージをDNAに埋め込める《Riddle of Life》が発表されています。しかしながら、多くの機関が、得体のしれないバクテリアを展示することを拒んでいたために、展示は実現しませんでした。ようやく一般に始めて公開されたのが、この2000年のアルスエレクトロニカだったということです。

この作品によってジョーさんは遺伝子組換えによる作品、トランスジェネティックアートの創始者として広く知られることになりました。

それから11年経った今日でも、ジョーさんの遺伝子組換えによる新しいプロジェクトは進行しています。ある研究所を訪れることも今回の来日の一つの目的でした。

福原さんのアデンドでジョーさんが訪れたのが、筑波にある農業生物資源研究所。この研究所には、カイコの遺伝子組換えを専門に研究する「遺伝子組換えカイコ研究開発ユニット」があります。ジョーさんは、準備を進めていたプロジェクトの実証実験をこの研究所に依頼したのです。

研究所施設の前に立つ瀬筒秀樹さん(昆虫生物学者)とジョーさん photo by Shiho Fukuhara

この研究所ではすでに、遺伝子組換え技術を利用して、蛍光色のシルクが開発されています。ジョーさんは、日本での研究が非常に進んでいることを知って、今回の来日を機にコラボレーションを打診しました。そして、今回、研究所との合意がとれたそうです。

「金」のシルクを生み出すカイコを創り出すプロジェクトが始まります。

本当に実現するのか今後の進捗が楽しみです。

カイコの話が終わると、話は宇宙へメッセージを発信したプロジェクトに飛びます。

アレシボ天文台 courtesy of the NAIC - Arecibo Observatory, a facility of the NSF

《RuBisCo Stars》は、プエルトリコのアレシボにあるアレシボ天文台から宇宙に信号を送ったというプロジェクトです。話をする間、たびたび写真を見せてくれるジョーさんのiPhoneは最新のものではなく、旧式で少し厚みがあります。最新の機種に変えないのかを聞いてみると、このiPhoneからレーダーを送信したから変えられないというのです。

このアレシボ天文台は世界最大の天文台で、ウィキペディアの記載にもありますが、レーダーとしても使用されています。そして地球外知的生命体との関わりが深く、1974年には宇宙にむけて「アレシボ・メッセージ」を送っています。

アレシボ・メッセージ」とは、宇宙に向けて送信された地球からのメッセージで、数字や人間、DNAの情報が含まれています。ジョーさんは、2009年11月にプエルトリコ大学の講義に呼ばれた機会を利用して、このアレシボ天文台の関係者とアポイントをとり、「アレシボ・メッセージ」の35周年に合わせて、新たなメッセージを送ることを提案します。メッセージが配信された1974年は、分子生物学は盛んになりつつありましたが,遺伝子の解読や遺伝子工学の技術はまだ殆ど使えない時期でした。

ジョーさんが宇宙に送ったのは、ルビスコ(リブロース1,5-ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼの略)という酵素です。この酵素は地球に古くから存在する酵素で、酸素をつくる光合成に必要な酵素です。人間には含まれない物質ですが、地球で生きるためには必須の酵素です。この情報を、遺伝子情報に変えてレーダーにのせ、宇宙へ向けて発信をしました。

ジョーさんは1980年代に、レーダーと宇宙船を使って宇宙にメッセージを発信する技術的な問題にぶつかりました。そこから前述のような遺伝子情報をもちつつ宇宙でも生存が可能なバクテリアの開発を思いつきます。こうして、ジョーさんは宇宙から分子のスケールまでを扱うようになった経緯があるそうです。

10月22日にアーツ千代田3331で行われたプレゼンテーションの様子。Tシャツには「一即一切 一切即一」の文字。

ジョーさんに、「あなたはアーティストですか?科学者ですか?」と聞くと、その質問にはほとほと疲れたようにこんな人物の名前をあげました。

レオナルド・ダ・ヴィンチ 『ウィトルウィウス的人体図』 1487年頃

ウィトルウィウスです。

ウィトルウィウスについては、おそらく皆さんもレオナルド・ダヴィンチが描いた人体図『ウィトルウィウス的人体図』でご覧になったことがあるでしょう。ウィトルウィウスは古代ローマに活躍した建築家でその記録はほとんど残っていませんが『建築について』という著書が現存しています。ウィトルウィウスは、ダヴィンチがその人体の理想像として描いたように、ルネッサンスに大きな影響を与えた人物です。ウィトルウィウスは、芸術が多くの分野のことを知る必要があることを伝えているそうです。

 

 

 

もともとアートを勉強していたジョーさんは、哲学者や科学者による言葉を通じて、「私たちは一体何者なのか?」という壮大な問いを考え続けています。そのジョーさんにとって、芸術なのか科学なのかその区別は全く意味をなさないのでしょう。自身の哲学を追求するなかで、ジャンルにとらわれず、これからも様々なアイディアを生み出し、大きなプロジェクトが実現するのではないでしょうか。ジョーさんにとっては「バイオアート」は、新しい分野でも領域でもなく、自身の探求によって今辿りついている表現であり、それがたまたま現在「バイオアート」と呼ばれている。そんな印象を受けました。

*本来日、および来日中の活動は、科研費 基盤研究C「ポスト・ゲノム時代のバイオメディア・アートに関する調査研究」 (22520150)の助成を受けています。

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ジョー・デイヴィス(Joe Davis)

アーティスト、哲学者、科学者、マサチューセッツ工科大学およびハーバード大学の客員研究員
彼の研究や芸術は分子生物学、バイオインフォマティクス、「宇宙アート」、彫刻、ガラス工芸と多岐にわたる。科学と芸術の域を超えた活動はアメリカ国内やヨーロッパで注目され、「バイオアートの父」と呼ばれる。

BCL(ビーシーエル)

福原志保とゲオルク・トレメルによる科学、アート、デザインの領域を超えたアーティスティック・リサーチ・フレームワーク。バイオテクノロジーの発展や水問題などをテーマに、私達の意識が、自然・社会・文化それぞれの環境においていかに映し出されているのかを探索している。また「共同ハッキング」などのプロジェクトを通じて「閉じられた」テクノロジーや独占市場に介入し、それらを人々に開いていくことをミッションとする。

公式HP: http://bcl.biopresence.com/journal/

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これまで日本では紹介されてこなかったジョー・デイヴィスさんのプロジェクトを、2回にわたってご紹介してきました。
前回 「ア-ティスト、ジョー・デイヴィス」はこちらからご覧いただけます。

「こんな作品つくりました」では、ひきつづき様々なジャンル作品やプロジェクトを、色々な角度からお伝えしたいと思います。
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